■ 香港経由、旅たびアジア

香港生活編タイトル

< 消えたクイーン・エリザベス >

街の真ん中の空港に着陸する飛行機

私が香港に来たのは、ちょうど香港がイギリスから中国に返還される1年半前。
一生のうちで2度とない香港の返還劇を見る為この時期を狙って香港に来たワケではないんだけど、ちょうどこの時期に仕事が見つかったので香港行きを決行した、それがたまたま返還前だったのだ。

もうすぐ香港が中国のものになる、とウハウハ状態の大陸人(中国人)とは対照的に、中国に返還されて香港が住みにくくなったら速攻で脱出できるように今から他の国(カナダやオーストラリア等)に永住権を取っておかなくちゃ!と、あがきまくる香港人。それもできず、香港に残るしかない香港人はあきらめムード満開なのだった。

そして、いざとなったらいつでも帰れる国がある、結局はお気楽な外国人の私達。
…と、少なくとも香港人には思われていた。

私はちょうどその頃、日本からの観光客受入れ専門の旅行会社で働いていた。返還前の旅行会社は観光客倍増で大儲けウハウハ状態だった。

それはもう、ガイドがフル稼働しても回らないほどの忙しさ(@o@)
ガイドが足りないので、私もガイドのフリをして、2階建オープントップ観光バスに乗ったりしていた。
「左に見えるのがジャッキー・チェンのオフィスです」「おぉ~!」
香港のド派手な看板がビュンビュン頭上を通過していく。結構楽しかったなぁ。

「ラスト香港 2泊3日」 とか 「今なら間に合う 香港3泊4日」 とか夏休み明けの受験生を狙った予備校のタタキ文句ような、はたまた、いまにも香港が滅亡してしまうかのような、ワケのわからない捨て身の広告でパック旅行を売りまくる日本の旅行会社。

しかし、こんな売り方をして、返還後は一体どうやって商品を売っていくつもりなのか?そこのところは何も考えていないように思える…。香港に来る観光客の数が減ると私達の給料も減るので、日本の旅行会社はもっと真剣に商品名を吟味してほしい…(´Д`;)

予想通り、返還後は、返還前と打って変わって、まぁ、手のひらを返したように観光客の興味はフリーフォールのように一気に下降し、なんと旅行客の数は0が1つ減ったのだ!
1桁減ったのさ!( ̄ロ ̄lll)

この先、どうやって売るのか、と思っていたら、「グッバイ・香港、ニーハオ・チャイナ 3泊4日」 とギャグのような商品名で売り出していた。

売り上げもギャグで終わった…。

1997年7月1日、返還の当日はどうやって過ごしたのかと言うと、蘭桂坊(香港島の繁華街)に繰り出し、世紀の瞬間を肴に盛り上がる外国人たちのノリに混じり、私は日本の友達と船の上でカウントダウンをした。 無責任な外国人でごめんなさい、香港人の皆さん…。

その日は止まず雨が降っていた。
返還を嘆く香港人の涙雨、と言われた。

そして日付が変わって、返還式典が終わった後、パッテン総督が寂しそうに船で香港を去っていった。私も寂しかったよ、パッテン総督。

その後、6月のクイーン・エリザベスの誕生日の祭日はなくなり、7月1日が返還記念日となり、香港の祭日になったとさ。

そして、コインの絵柄がクイーン・エリザベスの横顔から、香港の国花に変わった(正確には「国」でははないので国花とは言わないかも知れないが)。
今でも時々、おつりに昔の絵柄のコインが混じっていることがあるので、香港に旅行に来られた方は、もし混じっていたら記念に持って帰ってはいかが?

特に、20セント硬貨は、まわりがギザギザに波打った、日本のコインには無い形で、私はこれのクイーン・エリザベスの横顔の柄のに薄く金メッキを施したペンダント・トップを持っている。イギリス領だった頃の香りのする良き時代の香港の宝物、にしている。

▲PageTop

Copyright © 2005-2010 香港経由、旅たびアジア By Betty. All rights reserved.

inserted by FC2 system